UNTERCONNECTING OUR FUTURE.

70年の歴史を未来へつなぐ。

SCROLL

2016-2006

IoT時代の胎動、半導体の次なる革新を支える。

通信技術の発展により、ついにモノとモノがつながる時代へ。
これからも「世界最高レベルのものづくりと技術力」を追求し、
「限りなき発展」を目指します。

2015

栗田総合センターが第28回長野市景観賞を受賞

アセンブリ事業部がISO/TS16949の認証を取得

次世代育成支援対策推進法に基づく
「特例認定企業」(プラチナくるみん)に認定

Cu pillar MCeP

2014

Cuピラー量産
開始

清水満晴、第10代代表取締役社長に就任

MCeP®量産開始

2013

GBS(グローバル・ビジネス・スタンダード)の
運用を開始

信越富士通(株)(現・富士通インターコネクトテクノロジーズ(株))より設備製造事業が移管される

2012

リードフレーム事業部がISO/TS16949の認証を取得

第50回技能五輪全国大会および
第33回全国障害者技能競技大会(アビリンピック)に
ゴールドスポンサーとして協賛

2011

倉石文夫、第9代代表取締役社長に就任

米国インテル社よりSCQI賞・QOS+賞を受賞

2010

SHINKO Way制定

コアレス基板(DLL3®)量産開始
(業界初)

2009

IBM社との「高速ASIC基板」の共同開発開始

2008

村井仁長野県知事が若穂工場を視察

2007

次世代育成支援対策推進法に基づく
「基準適合一般事業主(くるみん)」に認定

2006

創立60周年記念式典開催

新光開発センターへ開発統括部を集約

NEXT:2005-1986

2005-1986

加速するデジタル化の技術的課題に応え続ける。

より小さく、薄く、軽く——半導体が進化し続けるなかで
「お客様が必要なものを実現する」というDNAを脈々と受け継ぎ
市場ニーズに真摯に向き合ってきました。

2005

米国インテル社よりSCQI賞5年連続受賞

2004

栗田総合センター(旧・栗田工場)落成披露

黒岩護、第8代代表取締役社長に就任

富士通インテグレーテッドマイクロテクノロジ(株)
(現・(株)ジェイデバイス)より
静電チャック(ESC)事業が譲渡される

2003

レーザーダイオード用キャップの鉛フリー化を実現

本店を栗田工場から更北工場に移転

栗田工場再開発着工

生産革新活動開始

2002

長野市北尾張部
(富士通(株)長野工場内)に
新光開発センターを開設

2000

高丘工場にコ・ジェネレーションシステム
(熱併用型自家発電装置)が完成

パラジウムめっきリードフレームの
薄めっき技術を開発

1998

順送方式のHS鍛造プレス製造開始
(トランスファー方式は2001年より製造開始)

高丘工場が環境管理の国際基準ISO14001認証取得。以降各工場で認証取得

ランプ事業終息

1996

東京証券取引所市場第一部に株式を上場

創立50周年記念式典開催

BGA

1995

茂木淳一、第7代代表取締役社長に就任

BGA(Ball Grid Array)
アセンブリ開始

PLP

1994

「環境憲章」制定(後に「環境方針」に改称)

塩素系有機溶剤全廃

PLP
(Plastic Laminated Package)
開発開始

1993

新潟県京ヶ瀬村(現・阿賀野市)に京ヶ瀬工場開設

1992

光延丈喜夫相談役(元社長)
逝去

従業員が4,000人を超える

1991

長野市若穂に若穂開発センター
(現・若穂工場)開設

1990

シンボルマーク・ロゴマーク制定
(VI導入)

SHINKO ELECTRONICS
(MALAYSIA)SDN.BHD.
(略称SEM)設立

1989

井上貞夫、第6代代表取締役社長に就任

多層リードフレームを米国
半導体メーカーと共同開発

薄膜セラミックパッケージ
生産開始

1988

テレビコマーシャル開始

1987

川谷幸麿、第5代代表取締役社長に就任

韓国新光マイクロエレクトロニクス
(略称KSM)設立

1986

創立40周年記念式典開催

NEXT:1985-1966

1985-1966

高度成長期、日本の半導体産業を支え、世界へ展開。

卓越した半導体パッケージ技術を駆使して
日本の、世界のあらゆるシーンを支え、
豊かな社会づくりに貢献してきました。

給料の現金計算

1985

従業員が3,000人を超える

1984

東京証券取引所市場第二部に株式を上場、
資本金を71億2,800万円に増資

従業員が2,000人を超える

PGA

1982

PGA(Pin Grid Array)タイプ
セラミックパッケージ
生産開始

レーザーダイオード用
ガラス端子生産開始

1980

長野県中野市に高丘工場開設

1979

従業員が1,000人を超える

サーディップICのアセンブリ開始

1978

新潟県新井市(現・妙高市)に
新井工場開設

1977

米国カリフォルニア州に
SHINKO ELECTRIC AMERICA,INC.(略称SEA)設立

1976

海外営業部新設

精密接触部品生産開始/
セラミックサージアレスタ
生産開始

MICRO LAMP

1975

ミクロランプ生産開始

1974

オイルショックによる影響(〜'75年)

連続めっき装置を自社開発

西沢権一郎長野県知事 工場視察

1971

本格的な輸出開始に伴い輸出部門を設置

1970

光延丈喜夫、第4代代表取締役社長に就任

多層セラミックパッケージ
生産開始

DIP-17

1969

IC用リードフレーム・
DIP-17生産開始

1968

サーディップ用リードフレーム
生産開始

富士通(株)へプレス金型製造技術研修のため技術者を派遣

1967

社章制定「SDマーク」

DIP-10

1966

コンピュータ
(FACOM231)導入

当社初のICパッケージ・
DIP-10生産開始

NEXT:1965-1942

1965-1946

戦後復興の時代に、ものづくりで光を灯す。

家庭用電球のリサイクル事業から出発した新光電気。
人を、世界を、未来をつなげる——
その挑戦への第一歩を踏み出しました。

阿部徹雄撮影/毎日新聞社提供

1964

佐藤昌平、第3代代表取締役社長に就任

1963

米国GTI社へめっき技術研修のため技術者を派遣

長野県更級郡更北村(現・長野市小島田町)に更北工場開設

1961

社内報「新光電気ニュース」発刊

ガラス端子の量産技術、めっき技術導入のため、
光延専務(当時)他が米国GTI社などを視察

TVチューナーの
組立開始

1960

新光電気労働組合を結成

1959

本店を栗田工場に移転

トランジスタ用ガラス端子・
TO-1・神戸工業(株)
(現・富士通テン(株))へ納入

1957

富士通(株)の資本参加を得て
資本金を800万円に増資、
半導体分野への展開を図る

長野市栗田に栗田工場開設

リレー部品組立開始、
ネオンランプ生産開始

1955

本店を東京都板橋区に移転

篠田四五、第2代代表取締役社長に就任

1953

ダイオード用ガラス端子生産開始

1950

特需景気により2号型ランプの需要が急増

1949

本店を東京都大田区に移転

1948

通信機用電球・
2号型ランプの
製品化に成功

富士通(株)に納入開始
翌年、電気通信省
(現・日本電信電話(株)(NTT))に
納入開始

1947

リングチューブ、
水銀スイッチ生産開始

1946

富士電機研究部長野分所の施設・従業員を引き継ぎ、
「合資会社長野家庭電器再生所」設立

長野家庭電器再生所を改組・改称し
「新光電気工業株式会社」設立

初代代表取締役社長に奥田孝治就任

1944

長野市石堂の富士通(株)長野作業所を
富士電機製造(株)(現・富士電機(株))が
「富士電機研究部長野分所」として借り受け

1942

富士通信機製造(株)(現・富士通(株))が
長野市石堂にて

電話交換用ランプの
製造開始